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Live, Not Just Survive「生きる」ということ

Sentaro
October 5th, 2020

最近聴いた TAKRAM RADIO で、話し手の渡邉康太郎氏が、歌人の穂村弘氏の言葉を引用しながら、「生きのびること」と「生きること」の違いについて語っていた。「生きのびること」とは、ご飯を食べる、睡眠をとる、お金を稼ぐ、といった万人にとって明確で有益なこと、要するに、「役に立つこと」を意味する。それに対し、「生きること」は、一人一人答えが違っていて、非効率で、社会的な価値がなく、お金にならない。役には立たずとも、その人にとってなんらかの価値があるため、「意味があること」と言えるのかもしれない。これらの対比を聴きながら、ふと、「有用性」と「至高性」という言葉を思い出した。

「有用性」とは、フランスの思想家で小説家のジョルジュ・バタイユが提示した概念で、「役に立つこと」を意味する。資本主義のもとで生きる人々は、有用性に取り憑かれ、役に立つことばかりを重宝しすぎる傾向がある。資格を取得する、キャリアのために英語を勉強するなどの行為は言うまでもなく有用なことだ。しかし、その行為は未来の利益のために現在という時間を犠牲にすることでもあり、有用な営みに覆われた人生は未来に隷従させられているとバタイユは考える。この有用性に対置するものとして、バタイユは「至高性」を提示している。「至高性」は、有用か否かに関わらず価値のあるものごとを意味し、「至高の瞬間」とは、これ以上は何もいらないといった満ちたりた気持ちを与えてくれる瞬間である。それは、ある人にとっては仕事終わりの一杯のワインであり、ある人にとっては「ある春の朝、貧相な街の通りの光景を不思議に一変させる太陽の燦然たる輝き」かもしれない。しかし、現代の人々は至高の瞬間を与えてくれるワインでさえ、糖質が低い・ポリフェノールが豊富といった理由で、未来の健康のための手段として消費する。

昨今の健康ブームを揶揄して、ドイツの女性パフォーミングアーツ集団「The Agency」は、日々ジムやマラソンなどの運動に没頭する状況を一種のカルトとみたてた舞台作品『Medusa Bionic Rise』を制作している。この作品では、「健康であること」への欲望が消費者向けの広告によって作り出されている可能性を示唆し、現代の資本主義社会に対する鋭い批判を行っている。資本主義は、未来のために現在を犠牲にするような心的傾向をもたらし、あらゆる物事を未来の利益のための有用な投資として考えさせる。

駒澤大学経済学部准教授の井上智弘氏は、『人工知能と経済の未来』という著書の中で「人間の価値は究極的なところ、有用性にはありません」と話す。機械の発達の果てに多くの人間が仕事を失ったとき、役立つことが人間の価値の全てであるならば、ほとんどの人間は存在価値を失ってしまう。だからこそ、役に立つと否とにかかわらず人間には価値があるとみなすような価値観の転換が必要だと彼は言う。「AIやロボットの発達は、真に価値があるものを明らかにしてくれます。もし、人間に究極的に価値があるとするならば、人間の生それ自体に価値があるという他ありません」。

僕が有用性という概念を知ったのは大学4年生のときだ。当時のインターン先の学生の集まりで、大型連休の過ごし方について話していた。その時、ある子が「ジョジョの奇妙な物語を全巻読む」と発言したことに対し、僕は「それを読むことで何の役に立つの?」と返答したことをはっきりと覚えている。その帰り道、別の友人に「せんちゃんは有用性が強いね」と言われて初めて、この概念の存在を知った。当時の僕は有用性のレンズを通して世界を見ており、人に対してですら有用性という観点でジャッジし、役に立つということにしか尊厳を見出せない偏狭な考えを持っていた。彼との会話がなければ、いまでも「生きのびる」ためだけの人生を過ごしていたのだろう。

ここでは有用性をネガティブなものとして語ってしまったが、いうまでもなく、有用性は必要不可欠だ。効率的・役に立つといった視点がなければ、社会は回らないし、良くならない。世の中には「生きのびる人」と「生きる人」がいるわけではなく、全員がまず、「生きのび」ないと、「生きる」ことはできない。ただ現代は、「生きのびること」に偏よりすぎているのではないかと思ってしまう。何事もバランスが大事という月並みな言い回しになってはしまうが、その両面を交互に切り替え、うまく調和させていくことが、より良い生を形作るのだろう。

さいごに、クリスティーナ・トシの言葉を紹介したい。ニューヨークにあるスウィーツ専門店 Milk Bar のシェフである彼女は『Chef’s Table』の冒頭でこう話している。「クッキーを食べる時、栄養なんて考えない。楽しみのために食べるのよ。クッキーを食べれば心が解放される。健康食品でないと分かっているけど、心が喜ぶの。食べ過ぎを心配するには人生は短すぎるのよ」。私たちは生きのびるために生まれてきたのではない。 彼女の「生きる」姿勢から、そんなメッセージを受け取った気がした。


🌏What We Read Recently

投票を呼びかけるファッション

激戦が予想されるアメリカ大統領選挙を11月3日に控え、ファッションブランドや小売業者の従業員や消費者は、企業に対して、何らかの政治的アクションを期待している。 ハイブランドからD2Cまで、多くのアパレル企業が新たな投票プラットフォームを牽引している。ラルフ・ローレンは選挙の日を全社で祝日とし、サックス・フィフス・アベニュー はニューヨークの旗艦店とオンラインサイトで有権者の登録を行っている。ワービー・パーカー と トリー・バーチ は、従業員の投票所でのボランティア活動に対してお金を払っている。 ある調査では、2016年のアメリカ大統領選挙で投票した人々は全体の56%に過ぎず、これは多くの国と比較しても低い数字だという。しかし、香港からシカゴまで、同じ価値観を共有するブランドに惹かれる若いファッション消費者の声が大きく、企業が倫理的な立場を取ることを期待している。今年ミレニアル世代を抜いて最大の世代となったZ世代の影響力は大きく、世界中で経済的な勢力として成長している。そして、環境や気候変動、男女平等、人種やLGBTQ+など、彼らが関心を寄せる問題が、アメリカの選挙を後押ししている。 これまで政治的な関与はブランドにリスクをもたらすと考えられてきた。しかし、現代では、政治的な関与がない場合にも同様にリスクを伴う。「少し前までは、ブランドやデザイナーは顧客を疎外することを恐れて、政治については何もコメントしなかった」と話すのは、ファッション・ビジネス・コンサルタントのロバート・バークだ。SNSを利用したブランドと消費者の直接的なコミュニケーションによってその態度が変化している。「今では、ブランド側は発言を拒否することで、自己満足であると非難されることを恐れている」とバークは言う。 従業員数129,000人を誇るアメリカ最大級の小売業者の1つである Gap は、従業員に候補者や社会問題について自分自身を教育するためのリソースに誘導しており、その広範な取り組みを #GapIncVotes と名付けている。選挙当日にはポップスターの JoJo を招いてのインスタグラムコンサートも行われ、Gap のグループ会社である、オールドネイビーは投票作業員として働く店舗従業員に8時間分の給料を支払う。GapKids は数人の若い気候変動活動家と「Be the Future」という集団を結成し、「若者のために、若者が主導する」行動を呼びかけている。 アパレル企業は、政治的な行動がブランドの価値観に沿ったものであれば、顧客や従業員との関係が強化されることに気づいてきている。パタゴニアのスポークスマン、JJハギンズは「企業として正しいことをすれば、より多くの売上を上げることができるということがわかってきました。」と話す。今月初め、パタゴニアは 「Vote the assholes out(投票をしてクソ野郎を叩き出せ)」とタグの裏側に縫い付けられたショーツを生産した。ハギンズによると、このメッセージは特定の個人を対象にしたものではなく、むしろ気候変動否定派を対象にしたものだという。 パタゴニアは「Time To Vote」と呼ばれる広範な企業コンソーシアムを支援している。これは、選挙日に有給休暇を提供したり、会議のない日にしたりと、従業員が投票の時間を確保するための取り組みだ。2020年5月にジョージ・フロイドが殺害された後、人々が人種的正義と投票の間の重要な繋がりを理解したため、コンソーシアムへの誓約は雪だるま式に増えた。これまでに約1,300社のメンバーが従業員に投票に必要な時間を与えることを誓約している。また、議会では選挙の日を国民の祝日にする法案への支持も高まっている。 ヴォーグ・ビジネスが取材した企業の中には、投票率向上のための費用を心配している企業はなかったと記述されている。それだけ、2016年のトランプ大統領の誕生、人種問題などのあらゆる社会問題が浮き彫りになっている現状に多くの企業・有権者が危機感を感じているのだろう。

Why fashion says 'vote' this US election

顔認証にはアフリカが足りない

アフリカでは顔認証技術はあまり採用されていないが、その理由の一つには、これまでの技術が黒人の顔を識別するのに適していなかったことがあげられる。欧米で開発された最高の顔認識システムの米国政府のテストでは、白人に比べて最大で5~10倍の割合で黒人を誤認することが示されており、生体認証の技術における人種格差は明らかな問題になっている。 2018年、4人のソフトウェアエンジニアがガーナで会社を設立し、一般向けの顔認識ソフトウェアが抱える限界に挑んだ。ガーナでは、銀行で蔓延しているID詐欺やサイバー犯罪に悩まされており、顧客を特定するために年間4億ドル近くを費やしていることが明らかになっている。隣国コートジボワール出身のエンジニアであるシャーレッテ・エンゲソンが率いるグループは、それらの問題に対して、人工知能を使って独自の顔認識ソフトウェア『BACE API』を開発し、欧米の開発者とは対照的に、アフリカの黒人の顔を多く含む多様なデータセットを用いて、BACE APIを現地の市場に適した形で利用できるようにした。 BACE APIの主な強みは、ユーザーの身元を遠隔で確認できるところだ。既存のアプリやシステムに統合することができ、特別なハードウェアを必要としない。また、BACE APIのもう一つの特徴は、既存の写真ではなく、ライブ画像やショートビデオを使用して、画像が実在の人物であるかどうかを判断することである。エンゲソンは、「アフリカにはもっとローカルなAIソリューションが必要だと思います。ソリューションのほとんどは外部からもたらされています。若者の間でAIへの関心を高めることで、これらのスキルを早期に開発する必要があります。」と言う。 アフリカは、国産のAIスタートアップやテクノロジーの競争において、まだはるかに遅れをとっている。2018年の時点で、世界のAIスタートアップの最大95%が世界の20カ国に存在しており、そのうちの1カ国にもアフリカの姿はいない。新興市場の中でも、2008年から2017年にかけて、AIスタートアップが500億ドルで最も多くの資金調達を受けた国のトップはインドだった。同じ期間にサハラ以南のアフリカのAIスタートアップが受けた資金はわずか13億ドルである。 しかし、ここ数年の間に、アフリカ各地でAIの中核的な拠点がいくつか誕生している。『Sophia(ソフィア)』(2017年にサウジアラビアの市民権を与えられたロボット)が一部開発されたエチオピアでは、未来学者や篤志家たちがAIの可能性に賭けている様子がみてとれる。ガーナでは2018年にGoogleがアフリカ初のAI研究センターを開設し、ルワンダのキガリにあるアフリカ数理科学研究所は、FacebookとGoogleの支援を受けて、大陸初の機械学習と人工知能のための専用の修士号プログラムを立ち上げた。 現在、アフリカでAIソリューションの認知度や応用は少しずつ高まっているが、それは完全に機能しているとはいえない。テクノロジーの面でも人種差別や多様性を考慮した開発がまだまだ求められている。

The race to build facial recognition tech for Africa is being led by this award-winning engineer


📽The Movies We Watched

レディ・バード

カリフォルニア州のサクラメント。片田舎の町でカトリック系の女子高に通い、自らを「レディ・バード」と呼ぶ17歳のクリスティンが、高校生活最後の年を迎え、友人やボーイフレンド、家族、自分の将来について悩み、揺れ動く様子を、みずみずしくユーモアたっぷりに描いている。監督のグレタ・ガーウィグが、自身の出身地でもあるサクラメントを舞台に、自伝的要素を盛り込みながら描いた作品で、撮影中の彼女とキャストの関係がとても素敵です😊 学生の時に見たかったです😭

KISS THE GROUND

たとえいま、人々が二酸化炭素の排出をやめたとしても、それらは何十年ものあいだ大気中に残り、地球を温め続けます。『Kiss the Ground』では、炭素を閉じ込めることのできる「土壌」こそが、気候変動を食い止めるカギだと訴えています。 映画で紹介される生態系の流れは、すべて明確なプロセスで分かりやすいと感じました。今後も触れておきたい作品です。WEBサイトも公開中。


😎Cool Things

CLIMATE TIME MACHINE

『NASA』のWEBサイトでは、地球の表面温度の変化をドラッグで確認することができます。(ローディング時間がほんの少しだけかかります。) 地球は現在ものすごくホットでした。地球の表面温度以外にも、二酸化炭素濃度、海氷面積などの変化を確認できます。

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The Benefit of Corporation

Toasterr『Diverse Perspectives』で紹介した「B Corpを求める理由」という記事の内容からも感じられるように、B Corp認証を得た会社(いわゆる社会的利益を追求する会社)や、ミッションやストーリーなどの価値観で駆動している会社の存在は、これからの企業のあり方を変化させていくのだろう。

September 21st

Meaning of Family

家族とはなにか。一見すると誰もが答えられそうなこの簡素な問いについて、少しだけ考えてみた。遺伝的な繋がりがあるか、戸籍上に家族関係が記載されているか、日常の生活を共にしているか。真剣にこの問いに向き合おうとすればするほど、家族という概念の複雑さが見えてくる。

September 7th
©︎ 2021 Toasterr
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