良いことなのか、そうでないのかはわからないが、本を読んでいると、集中しているはずなのにふと気づいたころには別のことを考えていた、なんてことがよくある。映画を観ているときにはそのようなことはないので、映画の次々と画面が切り替わるようなスピード感のない本だからこそ、考える余地を与えてくれているのかな、とも思ったりしてみる。先日、ろう者(耳が聞こえない)である齋藤陽道(さいとう はるみち)さんが書いた本「異なり記念日」を読んでいる最中に、少しばかり思い返した体験があったので、ここに書いてみようかなと思う。
5年ほど前、中学校の特別支援学級で臨時職員として働いていた。そのクラスに在籍している子たちは、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥・多動性障害)、自閉症を抱えており、いわば、普通学級にいる子たちとは別々に授業を進行させた方がいい、と判断された子たちだ。
クラスの担当を任された最初の一ヶ月間は結構な地獄で、喋りかけようとすると相手は遠ざかっていってしまうし、給食での席も離ればなれで、スーパーポジティブな身体に無理やり改造しなければやっていけないような日々が続いた。「言葉」を使ったコミュニケーションがあまり発動しない中で、彼らが学校生活で見せるちょっとした反応に目を向ける。授業中や休み時間での発言や行動から、彼らの興味・関心を感じとっては、あらかじめ生徒用にカスタマイズしておいたノートにペンをはしらせた。
一ヶ月も経てば、関係は良好になっていき、給食の時間になると机を合わせにきてくれるようにもなった。しかし、今度は逆に友達のように距離が近くなり、先生と生徒という関係が崩れていく。言葉は可愛げのあるタメ口から可愛げのないタメ口に変わり、じゃれあいのつもりで、毎日のように強烈な右ストレートを僕の右肩に食らわせてくれる子もいた。痛みがともなうことなので、それに対して注意はしつつも、それはコミュニケーションが苦手な彼らだからこその行為だということも知っている。
発達障害を抱えている子たちは、みな才能であふれている。感情を表現するのが苦手だったり、集団行動をとるのが困難だという特徴はあるものの、ある一つの技能レベルが突出しているというケースはよくある。(ルービックキューブの世界大会で何度も優勝している選手は自閉症を抱えている/Netflixドキュメンタリー映画)実際にピアノやバイオリン、絵などの才能にあふれている生徒がクラスにも存在していて、それには何度も驚かされていた。
才能はあるものの、やはり少々変わった突発的な行動はとってしまう。少し嫌なことがあると物に当たったり、教室から脱走してしまうなんてことはよくあった。脱走に関しては、校内と校外のいずれかのパターンがあり、周りの生徒から状況を聞いて、程度の低い理由だと感じた場合は、大概は校内のどこかにうろついている。少し酷だなと感じたときは校外に行っているので、そうなればいよいよ教頭へ報告し、学校車をレンタルしての大捜索の旅が始まる。そして事が収まれば、どうすれば彼らが逃げ出すことなく学校生活を楽しめるか、どういう言葉をかければやる気になってくれるのか、などを思考することになる。
といった感じのことを、「異なり記念日」の本を開きっぱなしにしながら、思い返していた。この本を書いた齋藤陽道さんとその妻の麻奈美(まなみ)さんは、お互いに耳が聞こえない。その二人の間に樹(いつき)くんという「聞こえる」赤ちゃんがやってくる。耳の聞こえない親をもつ聴者のことを「コーダ」といい、この本は、コーダである樹くんとその家族の物語。この物語で印象に残っているひとつが、樹くんがこれから触れるであろう「ことば」についてを、陽道さんと麻奈美さんが語り合っているシーン。ろう者のもとで育つ聴者の第一言語は手話になるが、そこには音声言語への発達のリスクをともなう。この本では、よく「言葉」と「ことば」の両方が登場するのだが、他者に対して意志を示したりなど、意味や文法などのルールが定められているのが「言葉」、幼児が発するような声、踊りなど、意味に直すことが難しいふるまいを含めたものが「ことば」として使われていて、意味をつかさどる「言葉」と、感情をつかさどる「ことば」のふたつが区別されている。陽道さんと麻奈美さんは、「手話か日本語のどちらか」ではなく、「ことば」はいろんな形であるものだと樹くんに知ってほしいという決断にいたった。ひとつの言語を頑なに押しつけるのではなく、できるだけたくさんの人と会わせ、家族でいる時間は、彼ら・彼女らのからだから出てくる素直なことばで語りかけるのだと。
必ずしも「言葉」や発話によるものだけが、コミュニケーションではない。考えてみれば、生徒ととの距離が近づいていった過程には、ふるまいを含む「ことば」による部分が多かったのかもしれない。もし、そのことについて当時少しでも理解していれば、言葉を使ったコミュニケーションだけに重心をおくのではなく、それとは違った接し方ができていたのだろう。過去のちょっとした後悔も含めて、コミュニケーションのあり方について深く考えさせてくれた読書体験になった。
What We Read This Week

動物のためのトレーサビリティ
サプライチェーン全体の透明性は、高級ファッション業界にてますます注目されているが、重要な高級素材である革は見過ごされてきた。革の生産にはとても多くの工程を挟むため、畜場まで追跡し、生きている動物がどのように加工されているかを知ることは困難である。 ある調査によると、世界では年間約20億頭の動物が生きた状態で輸送されているという。世界で皮革の主要市場である靴は、推定800億ドルの価値があり、今もなお成長を続けている。グッチのレザー認証プロジェクトにも協力した非営利団体「National Wildlife Federation」の熱帯林・農業ディレクターのナタリー・ウォーカー氏によると、米国、オーストラリア、フランス、イタリアでは年間で合計10億ドル以上の生きた動物が輸送されているという。動物愛護団体「Peta」の調査では、ヨーロッパや南米から、イラク、レバノン、トルコなどの国々へ、船やトラックでの数週間に及ぶ旅に、動物たちが耐え、殺されていく様子が記録されている。「生きたまま輸出することは新しいことではなく、ここ10年ほど前から世界的に増加傾向にある」とPetaドイツのキャンペーンマネージャー、ヨハンナ氏は言う。また、中国産の革に猫や犬の皮が使われていたり、生きた動物の取引における非人道的な慣行(骨折した足、死んだ動物の海への投棄など)など、ブランド自身が気づいていない慣行を記録する手助けをする映画監督のマンフレッド・カレーマン氏は話す。「市場に出回っている最も柔らかい革は、胎児を産んでいない牛から作られているです。また、最も高価なものや、最も上質な革には、最も残酷なことが含まれていることがよくあります。」 生きた動物の取引は、主に輸入国の食肉需要に牽引されているため、食肉産業との緊密な連携が鍵になる。「Sourcemap」の創設者のボナンニ氏は「この問題の体系的な解決策は、牛肉を取り扱う企業が履物を生産する企業と協力することです。」と言う。サプライチェーン・トレーサビリティのリーダーである高級品グループの「Kering」は、食肉業界が収集する必要のあるデータをファッション業界と共有し、農場までのトレーサビリティを可能にすることにすでに取り組みを始めている。Petaは合成皮革やコルク、パイナップルレザーのような植物由来の代替品を検討するよう顧客に求めている。 ファッション業界のトレーサビリティは、他の業界に比べて5~10年ほど遅れおり、業界の大きなコミットメントが必要だ。ファッションブランドが、自社の革がどう加工されているかを知ることは、なめし革に使用する有害な化学物質の使用を減らすなどの行動につながる。環境問題や動物の福祉の問題に対する解決策として、トレーサビリティの実現は今後ますます重要になってくるのだろう。
Leather is transparency’s next big target
サステイナブルファッションとレイシズム
ファッションブランドの持続可能性の目標は、一般的に二酸化炭素の排出量を減らし、より多くのリサイクル素材を取り入れることに焦点を当てている。しかし、専門家は、これらの取り組みだけではファッションが完全に持続可能になるためには不十分だと主張している。インド・中国・バングラデシュ・ベトナムで働く有色人種の労働者が大半を占めており、繊維労働者の努力の上に成り立っているこの業界は、人種の平等と持続可能性との関連性を理解しなければならない。 ファッションのサプライチェーンにおける労働者の不平等は、パンデミックによって明るみに出され、さらにはBLM運動の影響もあり、ブランドは様々なパターンを立ち上げるようになった。「これらのブランドは本当に労働者の不平等を気にしているのだろうか、それとも単に流行のハッシュタグを利用しようとしているだけなのだろうか」とサステナビリティ活動家のネイナ・フローレンスは言う。人種差別の議論なしにサステナビリティを語ることはできません。ファッションは地球への影響に焦点を当てる必要がある。しかし、このコミットメントがサプライチェーンで働く人々にまで及ばなければ、ブランドは完全な持続可能性を持つことはできないという。 一方で、持続可能性と人種差別の両方に目を向けている企業はもちろん存在している。Talaの創設者であるグレイス・ビバリーは、私たちのブランドの目標は『純粋にインクルーシブであること』であり、マーケティング素材のためのすべての撮影には多様な代表者が参加するようにしているという。2020年の社内採用者の40%が有色人種の女性で、管理職は20%が黒人となっている。また、マラウイ共和国を拠点とするテキスタイル&ジュエリーブランド「Katundu」の創設者であるスージー・ライトフットは、古いボトルやブリキ缶(スチール缶)などの素材を再利用することにビジネスをシフトしました。さらに、マラウイ共和国では処理施設が限られているため、道路や枯れた川底には人々の健康被害につながるゴミが詰まっています。彼らはマラウイの廃棄物問題にも熱心に取り組みながら、高品質なステートメントピースを製作しています。 ファッション業界は華々しい世界に見える一方で、様々な課題を抱えている。苦しい状況ではあるが、環境や人種の問題と熱心に向き合い、包括的な視点を持ちながら、そのクールさを維持してほしい。
Four founders on why sustainable fashion must include racial equality
The Movies We Watched

万引き家族
第71回カンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)受賞作品。同じ家に住み生活を共にする、血縁関係が曖昧な6人”家族”の物語が描かれており、戸籍上に表記されている家族構成では理解できない、本当の家族とは何かについて考えさせてくれる作品。